糸満海人工房資料館

ペーパー学芸員の博物館巡り

はいさい!てんしょうです(^ ^)
今回紹介したいのは、沖縄県糸満市にある海人工房資料館です。
漁師の街と呼ばれる糸満市ですが、なぜここまで漁業が発展していったのか?
その裏には、画期的な漁師の道具の誕生がありました。
そんな海人(うみんちゅ/漁師のこと)達が実際に使っていた道具を見たり体験したりできる場所です。

【博物館基本情報】
開館時間:9時〜12時、14時〜17時(常設展への入場は16時半まで)
休 館 日:月曜日・糸満ハーレー・旧盆・旧正月
所要時間:30分〜40分
観 覧 料:300円(大人)/100円(小中高生)
※車は海のふるさと公園の駐車場に停めることができます。

資料館は人がいない時は閉めているそうなので、向かいの建物の管理者に声をかけて、受付をします。
今回は、撮影の許可を頂けたので、一部ご紹介しながら中を一緒に見てみましょう!

ドーーン!とサメちゃんが迎えてくれます!笑
琉球王府時代、糸満漁業では、サメやイカ等の沖合漁業が盛んに行われ糸満漁師の名を知らしめ、
発展していったようです。昔はサメがかまぼこの原料にも使われていたそうで、これは驚きですね!

さぁ、中を進んでいくと早速ありました!!

実際に追い込み漁に使用されていたミーカガン

今の水泳用ゴーグルにも似た形をしていますが、これが糸満海人の活躍を支えた大発明
『ミーカガン』と呼ばれる水中メガネです。
玉城 保太郎〔たまぐすく やすたろう〕という方が今から130年以上前に発明したことにより、
素潜りでの貝や海藻の採取の効率化、そして追い込み漁の発展に大きく貢献しました。

こちらは追い込み漁の様子を模型で現したものですが、基本的に珊瑚礁が形成した浅瀬の中で行われます。
沖合から浅瀬に向かって泳いで海の中の魚(主にグルクン)を追い込んで、仕掛けておいた網の中におびき寄せるのですが、
その昔、労働力に使われてたのは、売られた少年達だったようです。
少年達は、スルシカーと呼ばれる約3kgの石のおもりで海の底を叩きながら泳いだそうです。

そのスルシカーがこちら!

追い込み漁に使用されたスルシカーと呼ばれるおもり

実際に持ってみると結構な重さ!
これを体にくくりつけて長距離を泳ぐわけですから、かなりの重労働ですよね。
他にも体験できる展示はいくつかあって、

こちらは船の中に入ってきた海水を掻き出すためのユートゥイという道具。

海水を掻き出すための道具ユートゥイー

これも持ってみるとかなり重いです…。
これだけでも重たいのに、水分を含んで海水を掻き出すわけですから非常に大変そうです。

琉球船舶旗

ところで、こちらの日の丸の隣にある、黄色と青の旗をご存知でしょうか?

これは、国際信号旗のD旗といって「私を避けよ。私は操縦が困難である」という意味を持っています。
米軍統治下の沖縄は国際法上の地位が不安定で、当時船舶に日本の日の丸の旗も、アメリカの星条旗も掲げることができなかったそうです。そこで、国際信号旗のD旗の端を三角に切り落としたものを琉球船舶旗として掲げていたそうです。
しかし、このような取扱は国際的には通用していなかったため、インドネシア海域でマグロ漁船を操業中に、国籍不明を理由にインドネシア海軍に銃撃され、乗組員が死傷する事件も起きているようです(第一球陽丸事件/1962年)。
その後、海人達の訴えもあり、1967年に上の写真のように、「琉球・RYUKYU」と表示した三角形の旗をつけた日本国旗を掲げることになったそうです。

このように、糸満海人工房資料館では、他にもたくさんのサバニ(魚船)やウミフゾー(水密性に優れた海人のタバコケース、小銭入れや枕にもなる万能品)などの海人が実際に使っていた道具などを間近で見ることができます。
また、事前予約をすれば、サバニ体験や小物作りの体験もできるようです。
詳細は、海人工房資料館のHP(http://www.hamasuuki.org/npo/activitiy_menu.html)をご覧下さい。

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