はいさい!てんしょうです(^ ^)
今回は、沖縄県沖縄市にある戦後文化展示資料館『ヒストリート』のご紹介です。

【博物館基本情報】
開館時間:10:00〜18:00
休 館 日:月曜日、祝祭日、慰霊の日、年末年始
所要時間:30分〜40分
観 覧 料:無料
※建物の裏手には駐車場もあります。

エストリートは、基地の街、戦後沖縄の縮図と形容される沖縄市の戦後史をあらためて見つめなおすことを目的とし、出入り口に設置された実物サイズの米軍基地フェンス、再現されたAサインバーや街並みのジオラマなど、異彩を放つ沖縄市の戦後史と文化を感じる空間に、懐かしい写真資料やモノ資料が多数展示されています。
(Webヒストリーサイトより)
館内は写真撮影は禁止なので、印象に残った展示内容を一部ご紹介していきます。
沖縄市の沖縄戦の歩み
沖縄市の沖縄戦は、南部では戦闘が行われていた、1945年6月6日には、古謝の収容所で小学校が開校し、翌7日には嘉間良で村長・助役選挙が行われていたといったように、比較的早い段階で復帰への歩みを始めていたという特徴があります。
ただし、戦争による被害が少なかったというわけではなく、沖縄市の人口の約1/3にあたる5,400人がアジア太平洋戦争で亡くなっており、松本では住民の過半数が戦死するといったように、県平均の戦没率を上回っているのです。
知花弾薬庫での毒ガス事故
沖縄市の知花弾薬庫では、1969年7月8日には、知花弾薬庫で猛毒のVXガスが漏れ、要員25人が病院に収容される事故が発生しています。この事故により、極秘裏に貯蔵されていた毒ガスの存在が明るみになり、住民の生命の安全を脅かす、毒ガス撤去を求める声が活発に上がるようになりました。
当時毒ガス兵器約1万3,000トンが貯蔵されていたと言われています。
沖縄市と映画館
沖縄県の映画館の歩みについてもありました。
1947年:米軍から映写機がやフィルムを貸与された巡回映画館が組織される。
※この頃から各地で住民への無料慰問上映が始まった(テントや塀で囲っての露天興行)
1950年:屋根付きの映画館が登場
1959年:コザ市内に13館が建ち、沖縄全体では121館を数えた。
※この頃は、映画の全盛期で何を上映しても満員になるほどの人気があったそう。
その後、テレビやレジャーなどの娯楽が普及し、映画館の閉館が相次いでいった。
2016年:最後まで残っていたコザ琉映が閉館
そんな中でも、2015年に沖縄市呉屋に「シアタードーナツ」、2018年に「シネマプラザハウス1954」のように小規模ながらカフェも併設する趣向を凝らした映画鑑賞の場が生まれています。
紹介したのは展示の一部ですが、ヒストリートでは、沖縄市を中心に沖縄の歴史を学ぶことができる貴重な資料がたくさん揃っています。無料で見学できますので、沖縄市にお出かけの際は足を運んでみてはいかがでしょうか。


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